sky blue stone
皆に一日をかけ盛大に誕生日を祝ってもらい、アニシナ嬢によるプレゼントという名のちょっとした事件なんかも起こりつつも、有利は無事に自室に戻る事が出来た。
無事に戻れなかったのは、アニシナの用意したプレゼントに不安を抱き、有利の代わりにもにたあ役を買って出た二人だ。
この二人は魔力の高さからアニシナのもにたあ常連であるが、耐性が出来ているかと言えばそういう事も無い。
二人の様子を見たアニシナは、失敗ですねとプレゼントを引っ込めてしまい、それを見届けた二人はそのままガクリと意識を失った。
今頃は副作用でそれぞれ深い眠りに陥っていることだろう。命に別状はないそうで、明日の昼頃には目覚めるらしい。
もう少し研究が必要なようですねと目を輝かせて去って行った毒女はあまりに楽しそうで、とても憎むことなど出来ない。
失敗であったとは言え、プレゼントだってわざわざ用意してくれたのだ。その気持ちが嬉しいと有利は思った。
そして、有利の身を案じてもにたあを買って出てくれたギュンターとグウェンダルにも、改めてお礼を言わねばなるまい。
二人の尊い犠牲のおかげで、いつか完成品が有利の元にやってくることだってあるかもしれない。
ちなみに、最近眠りが浅い有利の為に、魔道安眠誘導装置を彼女はプレゼントしようとしてくれていた。
実際は、安眠を促すどころか完全に妨害し、果てには気絶が待っているものだったけれど。気絶が安眠とイコールではないと気付いて貰えて何よりだった。
そんな夜を経て辿り着いた自分の部屋は静かなもので、先程までのお祭り騒ぎのあとでは寂しさすら感じてしまう。
ついていた部屋の照明を落として、月明かりを頼りに部屋の中央にある巨大なベッドに倒れ込めば、バカみたいに騒いでいたせいかすぐにでも眠りにつけそうだ。
体を動かしたりはしゃいだりすれば、安眠はこんなにも近い。今度アニシナさんに会ったら教えてあげようと、有利はシーツに顔を埋めた。
そこでふと、そういえばヴォルフラムはどうしたのだろうと、閉じかけていた瞼を上げて有利は怠そうに周りを探る。
広間で解散する前には確かに有利の横にいた筈だが、いつの間にか姿が見えない。ついてきているものと思って気にしていなかった。
「まー、いっか」
今は少しでも動くのが億劫に感じられる。
ヴォルフラムが部屋に来れば、その時はベッドを斜めに使っている有利を起こして、ちゃんと寝ないかと叱ってくれるだろうと判断し、再び瞼を閉じていく。少しだけ眠れば、動くのも面倒ではなくなるだろう。
既に手足は有利の意識の外に有り、動かそうと思っても出来ない。意識が末端にまで届いていない証拠だ。
意識が沈んでいく途中、一瞬だけ部屋が暗くなったように感じたが、灯りはついていないのだから暗くて当然だと思い直して、有利はゆっくりと眠りに入っていこうとする。
しかし、キィッという音が聞こえ意識は再び浮上していく。
それは小さな音だったが、間違いなく部屋の中から聞こえてきた。
ヴォルフラムが来たのかと思ったが、それならばもっと派手な音がするはずだし、何より彼は有利に必ず声をかけてくる。
離れたのはつい今し方の事の筈で、それならば尚更、有利が眠っているだろうからと気を遣う事はあるまい。
何かあってはまずいと、有利は瞼を恐る恐る開けて音のした方へと少しずつ顔を向ける。その先にあるのは大きな窓だ。
部屋に入るときに灯りを消してきたのは失敗だった。
今夜は月明かりが眩しいぐらいで、あとは寝るだけの状態だった為に必要ないと消してしまったが、せめてヴォルフラムが来るまではつけっぱなしにしておくべきだった。
そうすれば今頃、こんな緊張感に襲われている事もなかったろう。
窓枠が視界に入り、まもなく人影も視界に入り込んでくる。月明かりを背に、窓の前に誰かが立っていた。
心臓が緊張でキュッと締まり、眠気などあっという間に吹き飛んで行ってしまう。
ドキドキと速まる鼓動、血液がものすごい勢いで体中を巡っていく。目に意識を集中させて、有利は人影をしっかりとその視界に収めた。
「……!」
そして、息を呑む。
男女問わず惚れ惚れするほどの立派な上腕二頭筋は、逆光になっていてもすぐに誰であるかを有利に伝えた。
そこに立っている事に驚きはしたが、緊張は一気に解けていく。
「ヨザック」
「はーい、坊ちゃんこんばんは」
影になっている人物からは聞き慣れた軽い調子の声が放たれる。その声に、有利はやっと体を起き上がらせる事が出来た。
ヨザックは窓に凭れたまま、ひらひらと手を振っている。爽やかさすら漂わせる笑顔がいっそ憎らしい。
「いつから居たんだ?」
「陛下が部屋に入ってきて、ベッドに倒れ込んだ辺りですかね。ベッドに倒れる音に紛れて入れば、気付かれないかなーと思いまして」
「普通に向こうから入ってきてくれよ」
重厚なドアを指さしながら、おかげで心臓が縮んだと言えば、彼はくすりと笑った。
そいつぁすいませんと謝る声は、申し訳ないというよりも楽しそうなものだ。
「でも、普段だったら坊ちゃんはとーっくに夢の中の時間でしょう? さすがに正面から行っても通してもらえないかなーって思ったんで、ちょっと特別なルートでお邪魔しました」
初めてのことじゃないからいいだろうと判断したとも付け加えられたが、前例がすぐには思いつかずに有利は首を傾げた。
「前にこんな事あったっけ?」
「ええー、前に夜這いした事あったじゃないですかー! まさか忘れちゃったんですかぁ? 朝にあれだけ大騒ぎしてくれたっていうのに、陛下ってばいけずね!」
言われて、ああそういえばそんな事もあったとやっと思い至る。
ヴォルフラムもグレタもいなかったある日、目が覚めたら目の間に……即ちベッドの中にヨザックがいたのだ。
――なぜか、裸で。
あの後の大騒ぎっぷりは今思い出しても中々壮絶だった。
突然のヨザックの登場に驚いた有利が声を失っているところに、たまたま王佐が起こしにきてくれたりしたものだから、騒ぎはより大きく派手になってしまったのだ。
ヨザックの他愛ないイタズラであったと判明した時には、有利よりもギュンターの方が安堵で包まれていた。
間違いは起きてはいなかったのだと知ると、ギュンターはそうでしょうともそうでしょうともと何度も繰り返し言った。
そしてヨザックは、イタズラにしても度が過ぎると、今後王の寝所に入ることを禁じられたのだ。そう、それは今も継続中の筈だ。
「出入り禁止令、まだ解かれてないんじゃないの?」
「そうですよー。だから窓から動いてないんじゃないっすか。陛下の許しが無ければ、オレはこれ以上先には進みません」
空色の瞳は、真っ直ぐに有利を射貫く。
最初は軽かった口調も、最後は少しだけ真剣な色を滲ませていた。それは有利に問う声だ。
自分の存在を許すかどうか、受け入れるかどうか。
有利は空色の瞳をまっすぐと見つめ返した。夜闇の色した瞳の中には、ヨザックの姿が映り込んでいる。
「いいよ。元々、おれは禁止してなかったしね」
禁止令を出したのは王佐であるギュンターだ。
あの時、その場にいたヨザック直属の上司であるグウェンダルも大きく同意していたので、有利は別にそこまでしなくてもとは言い出せなくなってしまった。
言ったところで押し通されていただろう。
実際血盟城中が大騒ぎになったので、間違った措置ではなかったのだろうが、それを解くのを忘れたままなのは如何なものだろうか。
明日この件についてギュンターに確認してみようと有利は一人思った。
過去の事を思い返している間に、窓辺にいた男は窓から体を剥がして有利のすぐ側までやって来ていた。
ベッドの上で座り込んでいる有利の膝元近く、ベッドの前で見下ろすように立っている。
この場にギュンターがいれば不敬だと怒ることだろう。
ヨザックはその辺りはきちんと弁えている人物であり、有利が個人的に構わないと許可を出しているので咎める事は勿論無い。
「へーいか」
「なに?」
見上げれば、男はにこりと笑いかけてくる。男にしては珍しい、本当にただの笑顔だ。
少なくない時間を共に過ごした結果か、顔を見るまでもなく分かるコンラッドとは比べものにはならないまでも、有利はヨザックの表情も少しずつ読めるようになってきていた。
今ヨザックが、イタズラを考えている訳ではないと、心にまっすぐ伝わってくる。
「昨日は、楽しかったですか?」
「昨日……?」
昨日と言われてもパッと浮かんではこなかった。今日のインパクトがあまりにも強すぎるせいだろう。
昨日、昨日って何やってたっけ?と呟きながら思い出そうとするが上手くいかない。
「そう、昨日です。陛下のお誕生日だったでしょう?」
「へ!?」
何を言っているのかと、有利は思わずヨザックを見上げた。
月明かりを背中に背負った男は、にこりと笑ったまま表情を崩さない。それがかえって不気味に感じてしまう。
「気付いてないみたいですけど、陛下のお誕生日はもう、昨日の事なんですよ。日付はとっくに変わってるんです」
苦笑する男に言われて時刻を確認すれば、確かにほんの数分、時計の針は二十九日を過ぎている。
「本当は間に合うはずだったんですけど、最後の最後にちょいとトラブルがありましてね……って、言い訳は男らしくないわなぁ」
自嘲するように笑って、ヨザックはその大きな体をその場に沈ませた。膝を床につければ、今度はヨザックが有利を見上げる形になる。
「お誕生日おめでとうございます、ユーリ陛下」
逞しい大胸筋の辺りから取り出されたのは、ヨザックの手にすっぽりと収まるサイズの赤い果実。
それは以前、ヨザックと二人だけで遠出をした時に食べた、ご禁制のあの果実によく似ている。
ご禁制故に、王都に持ち込む事は出来ないものだからきっと似ているだけで違うものなのだろう。
「これは、オレからの気持ちです。貰って頂けます?」
差し出される赤い実に、有利は迷うこと無く手を伸ばす。
「あったり前だろ! ありがとうヨザック、嬉しいよ」
ヨザックの無骨で大きな手から、有利の野球少年らしい手へと、いっそ妖艶さすら放つ赤い実が受け渡される。
有利の手の中で、ころんと転がる赤い実は人肌程度にはあたたかい。
「なんか、あったかいんだけど」
「そりゃ、オレが懐で陛下への思いをたっぷり込めて、温めておきましたからね! グリ江の愛情、感じるでしょー!」
ヨザックは身をくねらせて笑っている。有利も笑った。食べる時には冷やした方がいいですよとのアドバイスも忘れないヨザックの優しさが素直に嬉しかった。
「ただし、誰にも見つからないように。こいつは、以前陛下が召し上がった果実とは別の種類ですけど、見た目は似ていて紛らわしいんですよねー。面倒になる可能性もありますから、こっそり、一人で食べてください。いいですね?」
「わかった。じゃあどっかに隠しておかないといけないよな」
誰にも見られない場所など、どこにあるだろうか。有利は真っ赤な果実を手に、ベッドから降りる。
隠し場所を求めて部屋をウロウロしていれば、突然部屋の中を風が通り抜けていった。
後ろを振り返り、窓の方を見れば大きく開け放たれている。
ひょっとしてヨザックが帰っていってしまったのかと慌てて足を窓の方に向ければ、横からぐいっと引っ張られた。
「え?」
力強い腕に抱き留められ、顔を上げればオレンジ色の髪が薄暗い部屋の中でもよく見えた。
「それとこれは、そう……グリ江からのプレゼントってことで」
有利を抱き込んでいる腕にぐっと力をこめられたかと思うと、チュッという軽い音が耳に、柔らかでしっとりした感覚が額にそれぞれ注がれる。
それはほんの二秒ほどのことであったろう。それでも有利には、とてつもない生々しさを伴って襲いかかってくる。
「そんじゃまた、ご用の際はいつでも呼んでくださいねー」
唇を額から離したヨザックは、パッと腕からも解放をする。
有利が呆然としている間に窓まであっという間に移動したかと思うと、振り向きざまに投げキッスを一つ飛ばして、夜の闇へと消えていった。
オレンジ色の髪も、空色の瞳も見えなくなった窓を、有利は顔を赤くしたまま、いつまでも眺めていた。
有利が足下に転がっている果実を拾い上げ、それが果実ではなく果実に似せて作られたケースである事に気付くのは、まだ先の事。
そして、その中に入っていたのは――。
end
2012/07/29
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窓の外には月」のその後。
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