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ぬくぬくの手



 ――繋いでいたいよ、ずっと。



 外に出ると、痛いほど冷たい風が二人を襲った。
 真冬の日中は、やはり外に出るものではない。しかし、朝と夜はもっと寒いので、余計に出るものではない。
 結論、冬は外に出るものじゃない。
 つまり、ツナは冬が苦手なのだ。
 しかし、ツナの隣の少年は目をキラキラさせて、360度どこからどうみてもはしゃいでいるようだった。
 子どもは元気だなと、自分も子どものくせにツナは思う。
「さむいねー、ツナ兄!」
 キラキラと星をちりばめたような瞳で、にこにことツナを見上げてくる。そんな顔で言われても、寒そうには見えない。
「あー、寒い! 何もわざわざ出かけなくてもいいんじゃないか?」
「だって、折角こんなに雪が積もってるんだよ! 出かけないなんて勿体ないよ」
 寒いけどねと、マフラーを翻しながらフゥ太は家の前の道に飛び出す。
 そういう行動は、本当に子供だ。
 子供といえば、ランボとイーピンはツナが寝ている間に出かけて行ったらしい。二人で遊んでいるのだろう。
 フゥ太は二人を見送った後、ツナが起きてくるのをこたつで暖まり蜜柑を食べながら待っていた。
 起き抜けのぼーっとしたツナに、フゥ太はキラキラした瞳でおはようツナ兄待ってたんだ!とツナを着替えさせ、コートを羽織らせ、マフラーとミトンを身につけさせて、ツナが気付いた時には玄関で靴を履いていた。
 起き抜けで、何も食べずに外に引っ張り出されてしまったツナの腹が、空腹を訴えてくる。
「ツナ兄お腹すいたの?」
「なぁフゥ太ー、やっぱり家にいようぜ。家にも食べる物あるだろ?」
「ないよ」
 きっぱりと、フゥ太は言い切る。
 そして、ポケットから小さな古ぼけたがま口の財布を取り出した。
 その財布には、見覚えがあった。昔、ツナが幼稚園児であった頃に使っていた、ツナ用の財布だ。
「お前、それ」
「これ? ママンに借りたんだ! 僕のお財布壊れちゃったから、新しいのを買うまではこれを使っていてねって。大事なお財布だから、大事に使ってって言われたよ」
 そう言って、フゥ太は財布を握って嬉しそうに笑った。
「それでね、お金ももらったんだよ。今お家に食べるもの何もないから、ツナ兄が起きたら何か一緒に買いに行ってだって」
「そういうことは先に言えよなー」
 それでは、この空腹は寒風吹きすさぶ外に出なければ満たされないという訳だ。
 これはもう、覚悟を決めて出るしかない。
 そんなツナを見て、フゥ太は嬉しそうににっこりと笑った。



「ツナ兄、何食べたい?」
「んー、別に何でもいいけど。ファーストフードでも食うか」
「僕は、ツナ兄と一緒なら何でもいいよ!」
 きらきらの笑顔は、眩しすぎてかえって正視できない。しかも結構恥ずかしい事をさらりと言ってくれたりする。
 こういう真っ直ぐさは正直くすぐったいが、悪い気はしなかった。
 ツナはよし、と進路を駅の方へととった。
 フゥ太はそれに、子犬のようにくっついてくる。
 さっきまで渋っていたツナが、前を歩いてくれる事がフゥ太は嬉しかった。
 それに何より、二人だけで出かけられる事がフゥ太を喜ばせた。
「ねえ、ツナ兄」
 一歩後ろから掛けられる声に、ツナは軽く振り向く。
「何だよ」
「あのね、手を繋ぎたい!」
 伸ばされる左手。ツナは一瞬逡巡したが、立ち止まり伸ばされているフゥ太の手を掴んだ。
 ミトン越しに、小さな手を包んでやった。
 フゥ太はへへっと嬉しそうに笑う。こいつはさっきから笑ってばかりだと、ツナもまた少し笑む。
 並んでゆっくりと歩き出す。空気は相変わらず冷たいし、風は痛い。それでも、心がほっこりとしているせいかそんなに気にならなかった。
 ほっこりしているのは、握っている手のせいだ。
「はぐれないように、だよ」
 言い訳のように、言い聞かせるように、フゥ太は言った。ひょっとしたら、少しは照れているのかもしれない。
「だったら離すなよ?」
 ツナの言葉に、フゥ太は顔を上げて少し驚いた表情を見せた。
 今の発言の何がまずかったのかとツナは考えてみるが、よく判らない。フゥ太の心の琴線に触れてしまうフレーズだったのだろうか。
考えを巡らしていると、フゥ太の口の端がゆっくりと持ち上がっていく。眉と目尻もふにゃっと下がった。
 それはもう幸せで幸せでたまらないと、表情がこれ以上ないほどに語っている。
「離さないよ、絶対」
 とろけそうな笑顔で、ひどく満足げにフゥ太は言った。
 何がそんなに満たされているのか、ツナにはやっぱり判らない。それでも、フゥ太がご機嫌ならそれでいいかと思う。
 手を繋いだまま、二人は駅前までゆっくりと歩き続けた。
 目的の店に入ったら軽くご飯を食べて、辺りをぶらぶら冷やかしながら、家に帰るだろう。
 手を、ずっと繋いだままで。



end
2007.01.27
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