<戻る



ランボの背中はあったかい



 最近我が家は居候が増えまくりで、正直ウザイし、うるさいし、プライバシーもへったくれもなくなった。
 毎日飽きもせずドタバタと騒ぎ倒し、静かにしろよとどんなに言っても聞き入れられないし、
 爆発するし殺されかけるし物は壊れるし、それなのにこの状況に慣れてしまっている自分がいる。
 むしろ、静か過ぎるとかえって落ち着かなくなる。
 外で変な事をしているんじゃないかと、不安で窓から様子を伺ってみたりしてしまう。
 無茶苦茶な奴らばっかりだから、誰かが見ていないと何をしでかすか分かったものじゃないとは思っているけれど、最近毒されすぎじゃないかとも思う。
 少し大きな音がしたり、騒ぎが起こればうちが原因なんじゃないかと不安になるし(大抵はうちが原因だけど)、条件反射のように奴らの姿を探してしまう。
 誰も奴らを止めようとはしないし、それどころかリボーンなんかはそれを楽しんでいる節がある。
 沢田家の評判は、近所でも決してよくない。
 何かあればまた沢田さんのところよで終わりだ。
 考えていると、自然とため息が漏れた。
 居候が増えるにつれて、ため息の回数も増えている気がしてならない。
 もっと静かに目立たずに生きていきたいのに、どうしてこう次から次へと騒ぎばかり起こすのだろう。
 しかしそれでも、今の家が心底嫌だと、思ったことはなかった。



 学校から帰宅し、ただいまーと声を上げるが返事はない。
 どうやら母さんはいないらしい。
 キッチンを覗いてみると、みんなと買い物に行ってきますという書き置きがあり、家の静かさから考えるに子供達は皆それにくっついて行ったようだ。
 久しぶりに静かな時間を、短時間とはいえ過ごせそうだった。
 最近沢田家は子供が増えた。
 イーピンが来てからというものランボは更にやかましくなったし、一番新しい居候であるフゥ太は何かと付きまとってくる。
 とはいえ、以前よりランボに煩わせられる時間が減ったのは、明らかにイーピンがランボの遊び相手となってくれているからで、ランボの相手に比べれば、フゥ太の方が大人しい分楽だ。
 しかし今日はその誰も家にはいない。
 一人でゲームでもしてようかと、テーブルの上に書き置きと一緒に乗っていたあめ玉を手にしながら考える。
 うん、そうしよう。
 詰まって放っておいたゲームがあるし、邪魔するヤツもいないから、ゆっくり出来るだろう。
 キッチンを出て階段を上がり、自分の部屋のドアを開ける。
 しんと静まりかえった自分の部屋。
 数ヶ月前まではこれが当たり前だったのだ。
 たった数ヶ月で、なんて変わってしまったんだろう。
 一人っ子で、友達もいなかったから、家に帰ればドタバタと騒がしいなんてことはそれまで無かった。
 その代わり、おかえりを言ってくれる人間も母さん一人だけしかいなかった。
 今の状況を疎ましく思うことも多々あるけれど、時々すごくホッとすることもある。
 自分と母さん以外の誰かがいると言うことに、安心感を覚えている気がするのだ。
 だから、自分以外誰もいないこの家を、少し空虚に感じてしまうのだろう。
 一人きりの時間を得られて、もっと喜ぶべきなのに。
 カバンを適当に置いて、ブレザーを脱ぐ。
 面倒だから制服のままでもいいかと思ったけれど、そのままでいると母さんやリボーンがうるさいんだよなぁ。
 適当な服に着替えて、テレビの前に陣取る。
 時々リボーンやフゥ太ともするけれど、こうして一人っきりでゲームをするのは一体どれぐらいぶりだろう。
 しかしプレステの電源を入れてコントローラーを握ると、そんなことはどうでも良くなって、しばらくゲームに没頭した。



 どれほどの時間が過ぎたのか。
 多分そんなには経っていないと思うけれど、時計を見ていたわけではないからよく分からない。
 詰まっていたゲームを再開したはいいけれど、やっぱりどうしても先に進めず、段々どうでも良くなってきた。
 しかも、眠気も襲ってきた。
 こんな状態になってまでするようなゲームじゃないしと、コントローラーを投げ出す。
 電源を切るのも面倒で、もういいやとそのままにしてベッドまで歩く。
 母さんたちが帰ってくるまで寝ていようと、布団に手をかけたとき異変に気づいた。
 おかしい。
 異変を確かめるため、ばっと勢いよく掛け布団を剥ぐと、ベッドの上でモジャモジャした毛の塊を持ち、牛柄の服を着た子供がすやすや眠っている姿が目に入った。
 ランボだ。
 どうやらランボは買い物について行かなかったらしい。
 ランボの存在を認めて、なんだか急に部屋があたたかくなった気がした。
 ランボの顔を見ると、少し目の周りが赤いから、多分また泣いていたんだろう。
 涙と鼻水がシーツや布団についてなきゃいいんだけどと、剥がした布団を見るが特に染みはないようだった。
 よく寝ていて静かだし、起こして買い物に置いて行かれたと騒がれるのも嫌なので、ベッドの上のランボをそのままに自分もベッドに入る。
 ちょうどランボは奥の方で眠っていたから、体を横に向ければ普通に自分一人ぐらいは眠れる。
 ――狭いけど、まぁいいや。
 剥いでいた布団をしっかりかけ直して、ランボにもちゃんと布団がかかるようにして、目を閉じた。
 やっぱり少し狭いから、こちらに背を向けて寝ているランボに寄って、後ろからランボの体に手を回す。
 おかげでベッドの真ん中あたりで、落ちることを心配せずに眠れそうだった。
 抱き寄せたランボからは火薬みたいな臭いと、何度か嗅いだことのある硝煙の臭い、それから、なんだかやたらと甘ったるい臭いがした。
 モジャモジャした頭が少し邪魔だったけれど、小さな背中があったかくて、湯たんぽみたいだなーと思った。
 テレビからゲームの音楽が聞こえてきて、それが子守歌みたいだったから、すぐに眠りに落ちていけた。



 目を覚ますと、すぐに上から声が降ってきた。
「寝過ぎだぞ。勉強する時間が減るじゃねーか」
 ああ、リボーンがハンモックにいるらしい。どうやらもう買い物から帰ってきたようだ。
 昼寝後でぼーっとする頭で、そう考える。
 なんだかやたらと体が重い。その上暑い。寝過ぎたせいかなと思いつつ、目をしっかり開けて、気づいた。
「何コレ……!」
 ベッドの上には自分以外の頭が三つ。
 ランボは一緒に寝ていたからいいのだが…いつの間にか狭いベッドにもう二人侵入してきたらしい。
 ランボの隣にイーピンが、オレの隣にはフゥ太が。しかもフゥ太は落ちないようにするためか、しっかりとオレに抱きついている。
 動けない……。
「おいリボーン、なんだよこれ」
「昼寝だろ。見てわかんねーのか」
 バカにしたような口調。オレが聞きたいのはそういうことじゃないって!
「お前らが気持ちよさそうにバカ面で寝てるから、そいつらも一緒に寝たくなったんだろ」
 オレが来たときにはもうそうなってたぞと、リボーンは言う。
 起きあがることは出来ないので、首を動かして両隣を見る。
 数時間前まで一人だと思っていた部屋に、今は五人もの人間が居て、四人が同じベッドで一緒に横になっている。
 どいつもこいつも、幸せそうに気持ちよさそうにすやすや寝ている。
 こうしていると、皆静かだし可愛いもんだよな。
 重いし暑いけど。
 でもまぁ、ちょっと暑いぐらい、我慢してやるか。
 起きあがることは諦めて、ガキ共に挟まれながらしばらくぼーっとすることにする。
 ふぅと息を吐いて、リボーンの方へ視線だけ送るとリボーンもこちらに背を向けて横になっていた。
 それを見ていると、
「おい、オレもこれから少し寝るぞ。邪魔したら殺すぞ」
 と、いつものように赤ん坊のくせに赤ん坊らしからぬ言葉をリボーンは口にする。
「分かってるよ! …………リボーンはこっち来ないのか?」
「行くと思うのか」
「いや、全然」
「ならそんな寝言を言ってんな。そんな暇があったらマフィアについて勉強しやがれ」
 はいはいと適当に返事をしていると、くぴーと寝息が聞こえてきた。
 赤ん坊だからか、寝付きは良いんだよな。
 静かになって、四人分の子供の寝息だけが聞こえる。
 寝る前に放置していたゲームは、電源が切られていた。
 リボーンが消したのか、母さんが消したのか、それとも今横で眠っている子供達が消したのか。
 セーブしてなかったのになと思ったけれど、ずっと同じところで詰まっているのだから問題はない。
 突然くぴゃっと小さくランボの声が聞こえて、そちらに首を動かすけれど起きてはいないらしい。ならば寝言か。
 全くお前はいつから寝てるんだ。明らかに寝過ぎだよ。
 布団に入ったときよりも更に密着しているランボの背中は、相変わらずあったかかった。
 オレに抱きついているフゥ太もあったかいけれど、ランボほどではない。
 そういえば、ランボでこれだけあったかいなら、ひょっとしたらリボーンはもっとあったかいのかもしれない。
 何しろまだ一歳の赤ん坊なのだから。
 そう思うと、小憎たらしく恐ろしい家庭教師が、少しだけ可愛く思えた。
 ほんの少しだけだけど。




end
2005.03.14
<戻る