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ホウカゴホケンシツ



「こーんなに、愛してるのになぁ」
 言えば、彼はキョトンとした表情の後、呆れたように笑った。
「どこが?」
 口先だけの言葉なんていりませーんとおどけて、彼はパイプ椅子から立ち上がり、仄かに保健医謹製のお香の匂いをさせているベッドへと近付いてくる。
 すぐにも抱き締められそうな程近い距離に立つと同時に、嫌そうに歪む彼の眉。
「煙草、邪魔」
 短い単語だけの言葉は、するりと耳に入ってくる。どこにでもいそうなこの少年のその声が、やたら魅力的に聞こえる不思議。
 つい従ってしまうのだ。
 煙草を口から指へ、更にベッドの上に無造作に置いてある灰皿へと移し、揉み消す。
 煙草の先端の赤い光が、消える。
 紫煙が最後に少し大きく揺れて、保健室の清涼な空気の中に紛れて無くなった。
 空いた手を、彼の腰に回す。彼の腕は、首へと回ってきた。
 端から見れば、もうラブラブのカップルかと言わんばかりの距離感。
 けれどこれが、心地よい。
「キス、してくれるんじゃないのかなっ?」
 腕を回して以降、動く素振りを見せない彼に尋ねると、彼は邪魔するなと言わんばかりに見下ろしてくる。
「えー」
 ものすごーく、嫌そうな声と表情。分かりやすい事この上ない。
「オレはこの状態が好きなんですけどね、宇宙刑事」
 更に、即物的なオトコは嫌われるよ?とも、付け加えられた。
 何故か男女構わず人気者のこの少年に言われると、本当にそのような気がしてしまい、うっと詰まる。
「かっわいくねーガキ」
 すると、彼はけらけらと楽しそうに笑った。
「そう言う宇宙刑事はオトナなんだから、もっとドーンと構えてればいいのに」
「お兄さんの心は少年なんだ!」
「よっく言うー」
 楽しそうなその笑顔がちょっと気にくわなくて、ぐいっと彼の腰を引き寄せる。
 抵抗らしい抵抗もなく、ぴったりと密着した状態にほんの少しの満足感を覚えた。
 彼の腹に顔をなすりつけて、彼の匂いと温もりに包まれる。
 微かに香る、埃と硝煙、それに火薬の匂いは実に彼らしい。
 そんな殺伐とした中にも、ほんの少し、別の匂いが交じっている。
 それは、彼自身の匂いだ。
 体を重ねている時に、感じる匂いに相違なかった。
「あー、九龍君のニオイだな」
「へんたい」
 罵りながら、髪に顔を埋められた。
「宇宙刑事は煙草くさい」
 彼の言葉と吐息が、髪や頭皮に触れてくる。やたらと甘く聞こえるのは、気のせいかねぇと思いながら、彼から与えられる温もりを享受する。
「それがオレのチャームポイントだからなー。キミも好きだろう?」
 言えば、げんなりした声が頭上から降ってきた。
「これからの時代、煙草は嫌われると思いますけど」
「オレは九龍君にさえ愛されてりゃあそれでいいっ!」
「愛してないしなぁ」
 そう言いながら、ふっと頭から温もりが消える。
 体を曲げて、顔の高さを合わせてきた。
 目の前に、彼の顔があった。
 いっそ妖艶とも言えるその表情のまま、彼の唇がそっと合わさった。
 ぺろりと下唇を舐められ、そのまま離れていく。
 追う事もせず、ただ彼にされるがままだった。
「全然、愛してないよ」
 オレ以外の他の誰にも言わないその言葉が、実は天の邪鬼なキミの愛の告白であると、オレはもう知っているんだぜ、ベイビー。



end
<2005.12.08>
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