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SS3



 広い室内には四人分の人影。
 大きな窓から差し込む午後の光が、それぞれの髪をゆらゆらと照らしている。
「ユーリは僕の婚約者だー!」
 いつものようにヴォルフラムの叫び声が室内に木霊する。
 既にお馴染みとなったそのセリフが飛び出たのは、何でもないような会話の末であったが、ぐったりとしている有利はよく覚えていなかった。
 執務用の机に突っ伏して、先程まで書類にまみれていたユーリにはそんなヴォルフラムの相手をする気力もなかったのだ。
「あ、じゃあオレ愛人に立候補しまーす! この二の腕を陛下のお好きにしてちょうだーい」
 悪のりをしたヨザックが、はいはーいと右腕を挙げて猛アピールをしてくる。
 更には、ヨザックの隣で涼しい笑顔をして立っている村田までもが、右手を軽く挙げた。
「それなら僕も愛人になろうかなー」
「あいじんーーー!? 村田まで何言ってんだよ」
 大賢者の発言に、とうとう有利は顔を上げてツッコミを入れてしまう。
 ヨザックまではいつもの冗談として受け入れられるが、流石に村田の発言にはツッコミを入れずにはいられなかった。
 顔を上げた有利と村田の視線がばちりとあうと、村田は眼鏡の奥で目を細めて笑った。
「やだなぁ、冗談だよ!」
「あ、なんだ冗談か。だよなぁ、村田がおれの愛人とか、あり得ないもんな」
 ホッとしたのか、有利はもう一度机にぐにゃりと上半身を預ける。
 木の温もりが気持ちよかった。
「そうかな? 渋谷がどうしてもって言うなら、喜んでなるんだけど」
「だからそういう冗談はやめろって! こっちじゃ冗談じゃなくなるんだよ。この前なんて、この前なんて……!」
 うーわー!と叫び声を上げて身悶える有利の姿から、相当の体験をしたのだろうことは想像に難くない。
 こちらの人々は、良くも悪くも有利の声に敏感で、有利のたった一言のために行き過ぎた所まで行ってしまう傾向にあるのだ。
「まぁともかくさ、おれの愛人になるとか言うのやめろよなー。村田はおれの友達だろ!」
「うん?」
「友達なら、いつまでも一緒にいられるしな」
 机に突っ伏しているから表情は見えないし、声も少しくぐもっているけれど、それでも有利の言葉はまっすぐ村田に届く。
「ああ、そうだね渋谷」
 村田の笑顔も、有利にまっすぐ、届いた。
 ほっこりとした空気が辺りを包みそうになったが、それを打ち破ったのは婚約者の怒声。
「この、尻軽がぁぁぁぁあああ!!」
 椅子から蹴落とされ、何で怒るんだよ!と抗議をする有利と、そんな有利を責めるヴォルフラムの姿を見ながら、村田は有利の言葉を己の中で何度も反芻する。
 キミは、いつまでも僕と一緒にいたいって、そう言ってくれたのかな、渋谷。



end
2005.12.07
これも「しわなれ」のゐ茂さんのネタ便乗。
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