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SS1



 ひょいと廊下から中庭を見ると、オレンジ色の頭がユーリの視界に入ってきた。
 逞しく美しい二の腕、がっちりした体、間違えるはずもない。
 ヨザックだ。
「わー! ヨザック!」
 思わず声を上げると、ばっちり聞こえたらしく彼はこちらを見上げてきた。
 その瞳にユーリの姿を認めると、ヨザックは悪戯っぽくにやーっと笑う。
「どーしましたー、坊ちゃん」
 手を口の横に添えて、大きな声でユーリに呼びかけてきた。
「今そっちに行きますから、ちょいと待っててもらえますー?」
 言うや否や、お庭番はその大きな体から想像も出来ないほど素早くユーリの視界から消えた。
 ユーリが廊下にとどまって待っていると、少しも経たないうちにヨザックが姿を現した。
 さすがにお庭番である。
「お待たせしました。で、何です?」
「いや、別に用があった訳じゃないんだけどさ! ヨザック、昨日までいなかったよな?」
「ええ、こちらに戻ってきたのは今朝ですからね。……そう言えば、さっき閣下の所に報告に行って来たんですがね、部屋に入ったら閣下らしくもなく、わたわたしながら毛糸の山を隠すんですよ」
 ピクリと、ユーリの体が揺れる。
 その毛糸の山には、覚えがある。
 コンラッドと選んだ、グウェンダルへのプレゼントに違いない。
「で、どうしたのか聞いたらですね、陛下からのプレゼントだって、そりゃもうすっごいいい顔するんです」
 勿論グウェンダル本人に、その自覚はなかっただろう。
 あれは、嬉しさが滲み出てしまったのだ。
 ユーリにとって、それはいい話だ。
 それだけ喜んでもらえたのなら、サンタ冥利につきるというもの。
 けれど、目の前にいるお庭番には、ユーリサンタは何もプレゼント出来ていない。
 それが、少し心苦しい。
「おまけにギュンター閣下には、『見て下さいこれが陛下から頂いたプレゼントですー! ブフー!』と鼻血を撒き散らされ……」
「うん、ごめんヨザック、もういいから!」
 ユーリの脳裏にギュンターのその様子がありありと浮かぶ。
 鼻血とギュン汁に濡れる廊下、それを掃除しながら後に続いているダカスコス……ご苦労様。
 掌をヨザックに向けてギュンターの話をストップさせたユーリは、そうですかー?と些か残念そうなヨザックを見上げた。
 目が合うと、ヨザックの瞳の奥が優しく揺れる。
 その瞳に、ユーリはもういてもたってもいられなくなってしまう。
「ごめん! ヨザック! ヨザックの分用意してなかった」
 叫ぶように謝りながら、ユーリは勢いよく頭を下げる。
 それこそ、ヨザックの筋肉にぶつかりそうな程だ。
 不意にくすっと笑う声が聞こえて、ユーリが頭をあげようとすると、
 くしゃりと髪を撫でられる感触。
「別に気にしちゃいませんよ。からかってすみません、陛下」
「だけど……やっぱりヨザックにだけ何もないなんていうのはさー……」
 ヨザックに撫でられた頭を両手で触れながら、ユーリは言い淀む。
「いいんですってば。それより、オレになんて頭を下げるのはどーかと思いますがねえ。何しろ王様なんですから」
「おれが謝りたいんだから、したっていいだろ?」
「陛下がそうおっしゃるなら、オレにはお止めすることは出来ませんけどね。でもやっぱり、人目があるところだとオレにも立場ってもんがありますし」
「うーん、なるべく、気をつける」
「是非そうして下さいな。ああ、それより坊ちゃん、お腹空きません?」
 ヨザックの顔には、にこにこともにやにやともつかない、微妙な笑顔。
 それは、ユーリの悪戯心を刺激してやまない笑顔だ。
「もしオレにも何か下さるって言うんでしたら、一緒にお茶でもしましょ」
 それが嬉しいなぁと、ヨザックは笑った。
 何だかんだで、ヨザックには気を遣わせてしまったようだ。
 ユーリはそれを反省しながらも、ここは喜んでお供しようと思う。
「いいけど、おれの奢りでだぜ」
 ユーリは悪戯っぽく、ヨザックに笑ってみせる。
 それを受けて、ヨザックは一瞬考えたような表情をした後、
 ユーリに顔を近づけて内緒話でもするかのように声を潜めた。
「じゃあ、城下に行きましょうか。折角ですから、二人っきりで、ね」
 軽くウィンクをしたヨザックは、そのまま目の前にあったユーリの額に軽いキスをする。
 それがあんまりにも自然で、あんまりにもらしくって、ユーリは暫く固まったように動くことが出来なかった。
「かーわいい坊ちゃん」
 ヨザックの顔は、子どものように楽しそうだった。



end
2005.11.10
ニュータイプ12月号のクリスマスSSで、ヨザの名前が出ていなかったのが寂しくて書いたもの。

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