

「なぁ」
「なんです坊ちゃん」
「ああ、うん、何て言うかさ」
「はい」
「……距離、近くないか?」
空は青空。風は心地よくさらさらと周りの草を揺らしていく。
人気のない川沿いの土手は、昭和の日本を彷彿とさせると、魔王様は思っていた。
そんな魔王様の背中は、御庭番の腹部にしっかりくっついていて、風の通る隙間すらない。
要は御庭番に抱き込まれているのだ。
「そうかしらん? これぐらいがオレ的には最適なんですけどねー」
少ししな混じりの御庭番に、魔王様は溜息一つ。
「鬱陶しいなら離れますけど」
「いや、それがさぁ……」
首を仰け反らして、魔王様は頭上を見上げた。
そこには、オレンジ色の頭となんですか?と尋ねてくる御庭番の顔。
「心地良いから困ってる」
頬を少し赤く染めた魔王様と、ぽかんと間抜けな顔をした御庭番。
しかし、間抜け面の御庭番はすぐににやーっと人の悪そうな笑みに変わる。
「ホントにもう可愛いんだからっ!」
ぎゅうっと抱き締めて、御庭番はすりすりと腕の中の魔王様の首筋にキスを一つ落とした。
「ぎゃあ! ヨヨヨヨ!」
「そんな世間に負けた人みたいな声出さないで下さいよ」
「それ、セクハラ! セクハラだから!」
ピタッと御庭番の動きが止まり、いっぱいいっぱいの魔王様の顎に触れる。
そのまま御庭番の顔が見えるぐらい無理矢理振り向かせて、御庭番はにっこり笑った。
「訴えますぅ? 今アニシナちゃんセクハラ問題に取り組んでいるみたいだから、聞いてくれるかもしれませんよ」
「…………」
余裕の御庭番に、無言の魔王様。
二人は見つめ合ったまま、お互い相手の言葉を待った。
「やめとく……」
溜息と一緒に、言葉は吐き出した魔王様は、顔を自分の膝に埋めて頭を抱え込んでしまう。
「なんでですか?」
そんな魔王様に追い打ちをかけるように尋ねる御庭番は、どこからどう見ても楽しんでいる。
魔王様は消え入りそうな程小さな声で、呟いた。
「嫌じゃないか、ら……」
耳の良い御庭番はにこにこ上機嫌。魔王様は辛うじて露出している耳まで真っ赤にして、ぶつぶつと何か言っている。
十中八九、照れ隠しだ。
ああ全く、嫌じゃないからセクハラじゃないだなんて、本当にどこまでも愛おしい人だと、御庭番は腕の中の魔王様を慈しむように抱き締めた。
密着しすぎな二人の間には、やっぱり風の通る隙間もなかった。
end
2005.09.12
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