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日常的非日常



 平和な日常は、些か退屈だがとんでもないトラブルに巻き込まれているよりはよっぽどいいことだと、有利は思う。
 午前中の仕事を片付けて、日課である昼食前の軽いトレーニングの締めのストレッチに入った頃のこと、遠慮がちな声に振り返る。
「あのー、陛下」
「なに?」
 振り返った先には、困惑した表情の兵士が一人。
 話しかけてはみたものの、伝えるべきか否か悩んでいるらしい。しきりにうーん、うーんと唸っている。
 あんまり悩むと、どこかのダカスコスのように禿げてしまうんじゃないかと心配しながら、兵士を見詰める。
 けれど兵士は、やはり唸るばかりで話を始めようとはしない。そんなに言いにくい話なのだろうか。
 雰囲気からして重たい話ではなさそうだが、少し覚悟を決めておくことにした。
「悩んでるなら言っちゃった方が、体にも心にもいいと思うよ」
 体を兵士の方へ向き直り、後押しをするように促すと兵士はそうだなと一人納得して、おずおずと口を開き始めた。
「それがですね……」




 さんざ思いあぐねた兵士の口から出たのは、ギュンターとグウェンダルが何か言い争いめいた事をしているという、言ってみればそれだけの事だった。
 あの二人は何だかんだでよく言い争いをしているので、今更気に留めるほどの事もないのではないかと有利は思ったのだが、どうも兵士はそうは思っていないらしい。
 そこまで気にするという事はよっぽどの事なのかもしれず、有利は二人の所へ行ってみると約束をして兵士と別れた。
 王佐の部屋へ赴いてみると、噂通り何事かを言い合っている二人の声が聞こえてくる。扉越しなので、何を話しているかまではよく判らないが、ギュンターの様子が尋常じゃない。
 いや、ギュンターが尋常でないのはいつもの事と言えばいつもの事なのだが、そういうレベルの話ではないのだ。
 随分と激昂している。
 しかも、よくよく聞いてみるとどうも自分に関する話のようだ。どういう趣旨の話なのかまではさすがに判らない。
 このまま立ち聞きするのもばつが悪いので、有利は小さくノックをして、扉に手をかけた。
 中からの返事は待たない。だって王様だから。
「なあ、二人して何の話してんの?」
 扉から顔をのぞかせて、中の様子を伺う。中は整然と片付いたいつも通りの王佐の部屋だった。
 しかし、中央でギュンターとグウェンダルが掴みかからんばかりの雰囲気を放っているのは、いつもとはかけ離れていた。
「へへへ陛下!」
「……何用だ」
 ぱっと、二人の間の距離が遠のく。有利は構わず、中に足を踏み入れた。そのまま二人の傍まで寄っていく。
「何用って、アンタらが喧嘩してるって苦情がおれの所にきたから、対処しに来たんだよ」
「ならばそのまま帰れ。話は終わった」
「いいえ! 終わってなどおりません! グウェンダル、良い機会です。このように陛下もいらしている事ですし、この場でハッキリさせようじゃありませんかっ!!」
 ギュンターの目は血走っていて、その繊細でいて実は強い両腕は、傍にいたユーリの肩をしっかりと押さえ込んでいる。
 理由は判らないが、とりあえず興奮している事だけは間違いがない。力加減も出来ないほどだ。
 ユーリは咄嗟のことに動くことが出来ず、とりあえず目の前にいるグウェンダルに助けを求めるように視線を送った。
 捕まれている左肩が、正直痛い。
 グウェンダルは頭を左右に軽く振ると、ギュンターの左手をその大きな右手で掴んだ。
 そのままつまみ上げ、無事ユーリの左肩は解放される。
「一体何のおつもりです」
「陛下がお困りのようだったのでな。肩が痛いのだろう」
 グウェンダルの言葉に、ギュンターはさっと顔を青ざめさせた。
 かと思うと、ぐるんと有利の体を自分の方へ回転させて、有利の両手を握り込む。うるうると潤んだ紫色の瞳が、有利を写し込んだ。
「申し訳ございません陛下! 私としたことが、我を忘れて……」
「いや、いいよ。それよりもさー、大の大人が二人して一体何を言い争ってた訳? おれ絡みみたいだけど……」
 ユーリの言葉に、グウェンダルは顔を顰めた。またその話をするのかと言わんばかりの表情だ。
 実際、そう思っているのだろう。嫌だ嫌だと、眉間の皺が如実に語っている。
「お前には関係の無いことだ」
「関係なくはないでしょう、グウェンダル。私は先程から何度も申し上げているつもりですが、お聞きになっていなかったのですか」
「耳にたこができるほどに聞いていた! こちらこそ何度も言うが、私にそんな感情はない。むしろ迷惑だ」
「では、それを陛下に向かって仰ってください。陛下のつぶらな瞳を見ても尚、その台詞が言えますか!」
「おーい」
「言えばいいのだろう、言えば。それでもうこの話は終わりだ」
「あのさー」
「いいでしょう! ただし、きちんと陛下ご自身にお伝えにならなければ、納得はしませんよ!」
「おいってば!」
「何だ」
「さっきから、おれのこと無視しちゃってくれてますけど、一体何の話なんだよ?」
 ようやく発言の認められた有利の質問には、しかしきちんとした答えは返されない。
「だから、今しているだろうが」
「それが判らないんだってば」
 グウェンダルに語る気はないらしい。むしろ、語るのを至極嫌がっているようだ。
 察せ、という事なのかもしれないが、その期待に有利が応えることはなかった。
 見かねたギュンターが、ぎゅっと有利の両手を握る手に力を込める。グウェンダルからギュンターに視線を移動させると、どこか思い詰めた顔をしている王佐がそこにいた。
「グウェンダルが、陛下をお慕いしているかどうかという話です。お慕いしているどころか、疚しい感情を抱いている気配がございましたので、その事について問い詰めていたのです」
「はあ? グウェンが、おれを?」
「そうです!」
「だからそれは無いと言っている」
「そうだよギュンター。グウェンに限ってそれはないよ。ギュンターならともかく」
「いいえ、いいえ陛下! 陛下はお気づきになっていないだけです。私には判ります。グウェンダルの陛下を見る目つきは、分を超えた想いに相違ありません!」
「それはお前の方だろう」
「貴方もです!」
 貴方もって事はどういう事だ……という自分にとって都合の悪そうな部分はとりあえず聞かなかった事にして、グウェンダルがおれをねえと、有利はグウェンダルを見やる。
 グウェンダルは不機嫌そうに、ギュンターを睨んでいた。
 いつも不機嫌そうなその表情。深く刻み込まれた眉間の皺。ゴッドファーザー愛のテーマがよく似合うその風貌とは裏腹に、小さくて可愛いものが大好きな彼。
 出会ったときから良い印象を抱かれていない事は知っていた。
 今も、認めてくれてはいないだろう。会えば嫌味を言われるのは、いつものことだ。
 有利自身は、彼を嫌ってはいない。苦手だと思う事はあるが、基本的には頼りにしている。可愛いところも結構持ち合わせていると今では知っているし、優しい人だという事も知っている。
 しかし、その彼が、おれを?
 それはありえないことだ。有利は再確認をし、ギュンターを見た。
「やっぱりそりゃないよ、ギュンター。だってグウェンはおれのこと……」
 ちらりとグウェンダルに視線を送れば、訝しげな表情とかち合った。
 その先を言えと、言われているような気がした。
「嫌ってるだろ、どう見ても」
 有利の言葉に、二人とも一瞬黙ってしまった。グウェンダルは何か言いたそうに、少し体を揺らしたが結局何も言わなかった。
 しかし、ギュンターは黙っていない。
「陛下、本当にお気付きになっていないのですね。グウェンダルの性癖はご存じかと思いますが?」
「ん? 可愛いもの好きってヤツ?」
「そうです、それです。その"可愛いものれぇだぁ"に、陛下が引っかからない訳がないではありませんか! 陛下はそれでなくとも他の追随を許さぬほど美しく麗しく気高く、見るものを平伏せさせずにはいられない神にも勝る美貌をお持ちの上、我々臣下には常に気を配り親しげな態度で接してくださる海よりも空よりも心の広い……」
「待ったギュンター! それ以上はいい! ともかく、ギュンターはグウェンダルがおれのことをその、好きなんじゃないかって疑ってるんだろ?」
「その通りです、流石は陛下」
 うるうると、また瞳が潤い出す。人体の七割は水分で出来ているというが、この人はその体の九割が水分で出来ているのではなかろうか。むしろ十割か。
「でもさ、おれはギュンターが言うように可愛くないし、それこそおれなんかよりヴォルフラムの方がよっぽど可愛いだろ。それに、グウェンが好きなのは小さくて可愛いものであってさ、おれじゃどっちにも当てはまらないじゃん」
 身長は確かに高くはないが、かと言って"小さい"かと言えばそんな事はないだろう。人に対して小さいとつける場合は、やはりグレタぐらいでなければ。
 しかし、有利の言葉にぽかーんと、ギュンターは口を開けた。せっかくの超絶美形が台無しだ。いや、こういう間抜けな顔をしていても尚美しいってことは、やっぱり超絶美形なんだよなと、ギュンターを見詰めながら思う。
「それにさ、おれの事が好きだなんてグウェンダルのどこをどう見たら思えるんだよ。嫌い……ってのはまあ悲しいけど、それでも良く思ってはいないだろ、どう贔屓目に見ても。いっつも眉間に皺作ってさ」
「それは彼の特徴のようなものですから、お気になさる程の事ではありませんよ。けれど陛下、目は嘘をつけないものなのです。ご覧くださいグウェンダルのあの目を! 舐めるように陛下の、陛下を、陛下をー!!」
 少しは落ち着いていたギュンターは、再び爆発を起こしてしまった。そんなギュンターの有無を言わさぬ雰囲気に、有利はグウェンダルの方へ視線を向けた。
 眉間の皺は相変わらずだし、不機嫌極まりないが疲れを帯びたその表情は、色気すら感じてしまう。
 目が合っても、ギュンターの言う舐めるような視線とやらにはぶつからない。グウェンダルはいたっていつも通りだ。いつも通りのはずだ。
「な、何を見つめ合っているのですか! グウェンダル!陛下!!」
 喚くギュンターに、視線が途切れた。
 王佐はハァハァと息を荒げつつ、有利に迫る。
「さあ陛下、これでおわかりでしょう、グウェンダルの思いがどのようなものか! あの陛下の愛に飢えた瞳! 陛下のその艶めく御髪に触れたいだとか、その麗しくも真っ直ぐな瞳に見詰められたいだとか、その、その、赤く色づく濡れたような唇に口づけをしたいだとか思っているあの視線! いやらしい!! よろしいですか陛下、彼は自分の立場も弁えず、陛下を狂おしく思っているのです!!」
 あんまりと言えばあんまりなギュンターの言葉に、有利はかける言葉すら失ってしまう。何を言っていいやら、もう判らない。
 この暴走する王佐を止める事の出来る人材が、眞魔国に真に必要な人材なのではなかろうか。出来る人、急募。ヘルプミー、見知らぬ誰か。そんな栓のないことを考えていると、近くにグウェンダルの気配を感じた。
 一定の距離を保っていたのに、近付いてきたらしい。肩に手をかけられた。
 助けてくれるのだろうか、それとも怒っているのか、様子を伺おうとしたその時。
「あ……」
 横から顎を持ち上げられ、唇が合わさった。何かに。何に?
 目の前には、グウェンダルの整った鼻梁。合わさったのは、グウェンダルの唇以外の何物でもなかった。
 グウェンダルの唇は、微かに冷たい。
「な、な、な、なああああああああああああ!!」
 耳元で、王佐の狼狽える声が響く。叫ぶならもうちょっと遠くにしてくれないかと、鼓膜が破れそうになりながら思う。しかし、有利は正直それどころではない。
 現状の把握だけで、頭がパンクしそうだった。触れる唇は、ただ触れているだけだった。子供にするような、軽いキスだ。
 すっと、冷たく薄い唇が離れていく。
「これで満足か」
 グウェンダルは王佐に向かって、そう尋ねた。グウェンダルが何を考えているのか、有利はもちろんギュンターにも判らない。
「ま、満足かですって!? 一体何を考えているのです、グウェンダル!」
「お前の望むようにしただけだろう。魔王陛下の"赤く色づき濡れたような唇に口づけた"だけの事だ。さあ、気も済んだろうギュンター。私は暇ではないのでな、解放してもらう」
 開き直ったような物言いは、グウェンダルのどこかが切れてしまっている事を告げていた。
 冷静な状態では決してない。本来、このような言動をするような人物ではないのだ。
「陛下の、陛下の果実のように瑞々しく潤った唇に、そんな、あなた、何をしたか判って……」
 そして冷静でいられようはずもない顔面蒼白のギュンターは、唇をわなわなと震わせていたが、ぎゅっと拳を握り込むと訝しげなグウェンダルの視線をよそに、有利に向き直る。
 有利はと言えば、思考停止中だ。考えることを拒否していると言ってもいい。考えたくない考えたくないと、頭を白くする方へ頑張っている有利に、恐ろしく整いすぎた顔が近付いてきた。
 一瞬で二人の間に距離がなくなる。
 グウェンダルと違って、ギュンターの唇は温かく、驚くほど柔らかだ。
 深く深く、抉るように深く唇を押し当てられる。今度こそ、有利の頭はパンクした。
 ポンッと音がしなかったのが、不思議なくらいだ。
 酷く惜しげに唇が離れていくのを、真っ白な頭のどこかで認識していた。
「陛下……」
 濡れたスミレ色の瞳は、喩えようのない程色気に溢れていた。こんな瞳で見詰められたら、世の女性は間違いなくイチコロだろう。
 本当に顔だけはずば抜けていいのだ、この王佐は。
 一度離れたそのずば抜けていい顔が、再び近くなる。
 今度は、舌先が有利の唇に触れた。
 ギュンターはもう、完全にプッツンと切れていた。通常の王佐ならば、この前の時点でギュン汁をまき散らして倒れていた事だろう。
 しかし、ブチ切れてしまった王佐は我を忘れて欲望に忠実だ。求めるままに、有利へと触れてくる。
 濡れた舌先が、チロチロと有利の唇を刺激する。くすぐったいようなその感覚に首を竦めると、その首筋に後ろから何かが触れた。
 手だ。
 グウェンダルの、普段はあみぐるみを編んだり、子猫を優しく慈しむ手が同じように有利に触れる。
 前をギュンターに、後ろをグウェンダルに挟まれて、有利は身動きがとれない。もとより思考停止中の有利には、動けるはずもなかった。
 グウェンダルの手は、優しく有利の黒髪を梳いていく。
 有利の思考が戻ってきたのは、ギュンターの舌が口内に入り込もうとしてきたその時だった。
「ぎゃああああ!」
 思わず叫ぶと、びくりとギュンターの体が揺れ、動きも止まる。後ろで、グウェンダルの動きも止まった。
「ちょっと、まっ、え、え、え、えええええ!」
「陛下」
 混乱する有利に、ギュンターの優しい声音が届く。慈愛に満ちたその声はいつもの王佐らしからぬ落ち着いた声だった。
 だが、目は笑っていない。穏やかでもない。何かが、王佐の瞳に滾っているのが判る。その何かが何なのかまでは、有利には判ずることが出来なかった。
 判るのは、冷静ではないという事だけだ。
「何も、怖がる事はございません。私にお任せください」
 そう宣言するように囁くと、そのままギュンターは当たり前のように有利に口づけた。
「そうじゃな……」
 口を開けたままでいたせいで、ギュンターの舌がするりと口内に入り込んでくる。
 真っ直ぐに有利の舌へと触れてくるその舌先は、絡め取るような動きを繰り返す。ぬるぬると音がしそうな程、激しく求めてくるその動きに有利の意識はぼんやりとし始めていた。
 体の真ん中あたりに、熱が集中し始めているのを感じる。
 それを察したのか、後ろのグウェンダルがするりと有利の体に手を這わせる。学ランの釦を外し、骨張った手が有利に触れる。
 シャツ越しに上半身をくまなく撫でられる。不思議な感覚だった。
 首筋にぴちゃりと水音がたてられ、肌が泡立つのを感じる。グウェンダルの唇が這わされているのだと気付くと、身が竦んだ。
 そうこうしている間も、ギュンターの口づけは終わらない。歯列の裏を舐めあげられると、上擦った吐息が漏れる。
「はっ……ふ」
 ギュンターの息も、心なしか上がってきているようだった。
 心臓がドンドンと音を荒げる。足が震えだし、立っていることが出来ない。力が足下から抜けていくが、後ろからグウェンダルがしっかりと支えてくれているので、倒れることも崩れ落ちることもなかった。
 ゆっくりと体が下ろされ、グウェンダルもギュンターも、有利を挟んで床に座り込んだ。王佐の部屋の床はタイルだったが、不思議と冷たくはなかった。
 グウェンダルの足の間に、有利の体はすっぽりと収まってしまう。
 姿勢が整うと、グウェンダルは手の動きを再開させる。グウェンダルも切れてしまっているのだろうかと、有利は後ろを振り返る。
 一瞬、怖いほど真剣な目とぶつかるが、すぐに見失ってしまう。グウェンダルが、瞼を伏せたからだ。そのまま瞼は有利へと近付き、些か苦しい姿勢で唇が合わさった。
 啄むようなキスは、ギュンターのそれとは違ったがそれでも有利の熱を煽っていく。
 ちゅ、ちゅうっと軽い音を立てて、何度も何度も啄まれる。
 そのうち、下唇や上唇を交互に強く吸われ、唇で挟まれては舌で素早く舐め回された。強くも遠回りな刺激に、体が震える。
「失礼します」
 有利がグウェンダルに意識を持って行かれている間に、ギュンターは有利のシャツに手をかけた。釦が一つ一つ丁寧に外されていく。
 外気に晒された素肌は鳥肌を立てるが、すぐにそれも収まってしまう。
 ギュンターの細く優雅な指先が、踊るように有利の素肌の上を滑っていく。
 脇腹から腹へ。へそを軽く刺激して、そのまま上へ。胸へとさしかかると、当たり前のように乳首に触れた。いつもなら寒くもなければ硬くならない乳首を、何度も何度も執拗に王佐は撫で上げる。ぷくりと硬さを持ち始めると、今度はこねくり回される。
 頭はやはり二人の行動には追いつくことが出来ない。どちらかを追いながらも、体は両方を感じ、どうしようもなくなってしまう。
「ユーリ」
 グウェンダルの熱に浮かされた声が、鼓膜に刺激を与えた。彼の低く響く声は、それだけで有利の体に異変をもたらす。
 続いて、ぴちゃりと音が聞こえてくる。再び舐めあげられる首筋。その刺激に、得も言われぬ感覚が有利の体を突き抜けていく。ずくんと、有利の熱が頭をもたげた。
 ギュンターは顔を有利の胸板に埋めている。左手は右の胸を、唇は左の胸を刺激して止むことはない。
 舌が乳首を押し潰すと、その度に体が揺れた。
 今までの人生で存在を意識することもなかった乳首を弄ばれ、有利はその快感に驚きを隠せない。こんなものは飾りだと思っていたのに、こうして責め立てられると弱い部分なのだと知る。
 そちらに意識を持って行かれていたので、グウェンダルの右手が下半身にのびていたことに気付くのが遅れた。
 気付いたときには既に前は開かれ、貴族御用達の黒い紐パンが覗ける状態だった。
 腰を軽く浮かされ、黒いズボンがおろされてしまう。下半身は心許ない下着一枚。その下着の横に、グウェンダルの指がかかる。
 紐の先をつまむと、少し引いただけでそのまましゅるりと戒めが解けてしまった。
 ずれた布の間から、有利の性器が顔を出す。二人から受けた刺激のせいで、それはしっかりと勃起しきっていた。
 布を押しのけ、存在を誇示するように立ち上がっているそれに、有利は羞恥で顔を赤らめる。
「触るぞ」
「あ……」
 初めて、事前にこれからの行動を申告されたが、それは恥ずかしさを助長させる以外の役目を持たない。
 触れられるのだと思うと、性器がぴくんと前後に揺れた。
 耳元でふっと笑う声が聞こえた。
 これ以上ないほどの羞恥に顔を背けようとするが、伸びてきたギュンターの手によって阻まれてしまう。
 乳首から顔を上げたギュンターは、有利の顎に触れるとそのまま唇を塞ぐ。
「陛下、陛下」
 合間合間に吐息のように漏らされる声は、しっかりと有利を呼んでいる。王佐に余裕がないのはいつもの事だったが、この時ばかりは可愛いと、有利は心のどこかで思ってしまった。
 自分の中の正常な思考は、既に働いていない。
「ギュンター」
 呼ぶと、ギュンターは目を大きく見開いて、それからふにゃりと破顔した。そのまま倒れ込むように、有利に口づけを何度も何度も落とす。
 口内を目まぐるしく、ギュンターの舌が動き回っていく。時々応えるように有利は舌を動かすが、それはいたずらにギュンターを煽るばかりだった。
 下半身には、グウェンダルの指がかかっている。上下に擦られると、それだけで息が上がった。
 ギュンターとのキスのせいで、息もままならない有利には辛い。
 グウェンダルの動きは緩急をつけ、次第にペースが上がっていく。性器の先端から先走りの透明な汁が溢れ始めると、ぬめりを帯びた手の動きは更に淫らになっていく。
「はあ、あ……あっ、グウェ」
 縋るように、有利は右手でグウェンダルの右手を掴んだ。それを意にも介さず、グウェンダルの動きは止まらないどころか激しくなっていく。
 他人から与えられる愛撫は、自分で触っている時の比ではなかった。予想できない動きや力が、有利を翻弄していた。
「陛下、お手を」
 有利の空いている左手を、ギュンターが己の下半身へと導く。
「触って頂けませんか」
 ギュンターの露出された性器は、何もそんな所まで美形じゃなくても……と思うほど整っていた。今までの人生で目撃してきた誰のものよりも、立派でいて美しい。まさか男のシンボルに美しいなんて形容詞をつける日が来るとは、思いも寄らなかった事だ。
 大きくそそり立つそれに手を這わせれば、ギュンターの体が震える。
 グウェンダルの右手にされているように、半ば無意識に有利はギュンターの性器を扱き始めた。
 ギュンターは震え、声を押し殺しながら有利に口づけてくる。
 グウェンダルもまた、己の届く範囲に満遍なく唇を落とす。肩や首筋を時折軽く噛まれたが、それすらも甘い刺激にしかならない。
 永遠に続くかのような快感も、そのうち出口が見えてくる。
 速まる鼓動に、体が壊れそうだった。
 グウェンダルの手は、有利に限界を近いことを感じ取っているのだろう。動きが更にキツくなる。
 そのせいで、ギュンターへの愛撫が時折疎かになるが、それすらもギュンターには刺激になるらしい。眉間に皺を寄せて、耐えるような表情を何度も見せた。
 それがいやに色っぽい。本当に、黙っていればこの人ほど美しい人はいないのだろう。
 ぐちゅぐちゅと、有利の性器が立てるいやらしい音は、三人の鼓膜を犯していく。
「あ、あ」
 誰ともなく漏れる吐息。
 有利はぎゅっと、強く目を瞑った。
「ユーリ」
「陛下」
 間断なく呟かれる名前。答えるように、自分もまた無意識のうちに二人の名を呼んでいた。
「ギュンター……グウェン」
 互いの名前を呼ぶ声と、甘く熱い吐息、ぬめりを帯びた水音が、部屋に木霊する。
「くぅ……っ!」
 有利の先端に指を押し込むと、有利は小さく悲鳴を上げて、果てた。
 びゅるびゅると、白い精液が若さを象徴するかのように後から後から溢れ出る。
 ビクビクと震える有利は、射精の快感に襲われて意識は今にも彼方へ飛んでいってしまいそうだ。
 その様子に、ずっと耐えていた王佐の性器もまた、吐精してしまった。
 有利の左手に、王佐のものが溢れる。己の手にかけられるその精液とギュンターの表情を、有利はぼんやりと眺めた。
 それから、首を後ろに傾けてグウェンダルを見る。
 グウェンダルは微かに口端を歪めて、有利の視線に応えるように深く口付けた。



 吐き出された二人分の精液を、グウェンダルは清潔な布で拭き取った。
 グウェンダルはほとんど着衣の乱れがなかった上、正常な意識を取り戻すのも早かったために、ぼーっとしている二人の分も働いた。
 有利の体を軽く拭いてやり、着衣を整える。王佐には布を渡し、自分でやるように告げたがなかなか動き出さないので、焦れて手伝ってしまった。
「大丈夫か」
 長椅子に有利とギュンターを座らせ、グウェンダルもまた腰掛ける。
「うん」
 有利は靄がかった頭で返事をするが、どうもハッキリしない。しかし、ハッキリなどしない方がいいとどこかで思っていた。
 行動を振り返ろうものなら、もの凄い勢いでどうにかなってしまいそうな事を感じていたからだ。
「判っていると思うが、後で風呂に入れ。お前もだ、ギュンター」
 聞いているのかいないのか判らない二人にため息をつくグウェンダルを視界にしっかりと納めながら、有利はふと浮かんだ疑問を、そのまま推敲することもなくするりと口から零してしまった。
「なあ、グウェンダル」
「なんだ」
「結局、おれの事嫌いなわけ?」
 有利の問いかけにグウェンダルは暫し黙り込んだ。考え込んでいるのか、それとも呆れているのか。嫌味を言うことはあるけれど、わざわざ嘘を用意するような男ではないと有利は知っているので、告げてくれる言葉はきっとどんな形であれ真実ではあるだろう。
 そのうち深く深く刻まれた眉間の皺を少し和らげて、告げた。
「嫌いでは、ない」
 その一言に、有利はどこかでホッとした自分を感じる。嫌われていないのなら、それはやはり嬉しい。
 今までの行為も、決して嫌がらせではなかったのだと安心出来る。だったら何なのか……という事は、今は考えないでおく。
 ヤバそうな事は保留だ。
「そっか……」
 それだけ呟くと、有利は急激に眠りに誘われるのを感じた。このまま意識を眠りへと落とせば、確実に気持ちがいいだろう。
 ぎゅっと、右隣にあったギュンターの手を握り込む。
 意識が飛んでいるらしいギュンターの反応はなかったが、有利は構わなかった。
 反対側に左手をそっと伸ばす。少しの間の後、左手を握り返してくるその手は先ほどまで有利に快感を与え続けていた手に相違ない。
 己が子猫になったような気分になったのは、彼の手が優しかったからだ。
 優しさと、戸惑いを多分に含んだ空気の中、有利は静かに目を閉じた。
 パニックと後悔と恥ずかしさと、その他色々なものは、起きた後にじっくり嫌になるほど味わう事になるだろう。
 三人で。


end
2007.02.19
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